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タフな毎日を送る学校教員のためのブログ

#0375 「わからない」にいること

内田樹さんのこの記事から受け取ったものが大きすぎて。

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ひとつ、ことばにできそうなことがある。私が大尊敬しているアレクサンダー教師、キャシー先生がよく言うことと似た考えを見つけられた。

読解力というのは目の前にある文章に一意的な解釈を下すことを自制する、解釈を手控えて、一時的に「宙吊りにできる」能力のことではないか。(記事より)

すぐにこの場で答えが出そうにない、大事な問いにレッスンで出会うと、キャシー先生はよくこんなふうに言うのだ。

「それはfloating questionにしておきましょう」

ふわふわ、ぷかぷか、浮かせておいて、眺めても取りに行ってもいいし、問いの方が自分で動いたりするかもしれないから、しばらくそんな感じにしておいたらどうかしら、というお誘い。これの日本語訳は「宙吊り」がいいのかもしれない。いや、ちょっとこわいかな。どうだろう。

「わからない」と言えることや、「わからない」にいられることは、どうやら学びのプロセスにおいてとても大切らしい。